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テクネチウム

元素記号:Tc 英語名:Technetium

原子番号

原子量

融点(℃)

沸点(℃)

宇宙存在度

43

98.9062

2172

4877

-

 テクネチウムは人類が最初に製造した人工放射性元素です。1936年にイタリアのセグレによって製造が試みられ、翌年に存在が確認されました。命名されたのは1947年で、元素名はギリシャ語のtechnikos(人工の)に因んでいます。テクネチウムは銀灰色の金属ですが、製造と保管は粉末状態で行われています。テクネチウムには安定な原子は存在しません。一番寿命が長いテクネチウム98(陽子43個、中性子55個を含む)でも、420万年で半減するペースで壊れていきます。よって、例外(コラム参照)を除いて、地球に天然のテクネチウムは存在しません。
 テクネチウムは体内に注入可能な放射性元素として、医療の分野で重宝されています。使用されるテクネチウムは、中性子を照射されたモリブデンが壊れて生成します。生成直後のテクネチウムからはガンマ線が放射されますが、そのエネルギーレベルは低く、放射される時間も短いので、人体への影響は少なく、ガンマー線の透過性を利用して、人体内部を診察することができます。脳梗塞や心筋梗塞を治療するときに、血管が詰まっている部分を発見するために、患者に投与する血流測定剤には、テクネチウムが含まれています。腫瘍の骨転移部を特定する骨イメージング剤にも、テクネチウムが使用されています。

コラム「43番元素の探求の歴史」
 周期表の発表以来、モリブデンの右隣に位置する43番元素の探索は行われてきましたが、長らく未発見でした。その原因は、安定な元素が存在しないためです。日本人も関係した、43番元素の探求の歴史を紹介しましょう。
 1906年、ロンドンへ留学中の小川正孝(後の東北帝国大学総長)は43番元素を発見したと発表し、ニッポニウムと名付けました。日本で印刷された周期表にはニッポニウムが記載されていましたが、他の科学者による追認が出来ず、海外では無視されていました。
 1925年、ドイツのノダック夫妻は、新元素レニウム(Re、周期表でテクネチウムの真下に位置し、化学的性質が似ている)を発見した際、43番元素の存在も確認したと発表し、マスリウム(分析した試料の産地名に由来)と名付けました。しかし、こちらも追認できませんでした。
 その後、原子の理論的な研究が進むに連れ、43番元素は安定に存在しない元素であることが判明し、人工的に造り出すしかないと考えられるようになりました。1936年、イタリアのセグレは、モリブデン原子に陽子を1つ加えることによって、43番元素が製造できると考え、モリブデン板に重陽子(陽子1個と中性子1個からなる粒子)を照射しました。そして、翌年、モリブデン板の中から、43番元素を発見しました。
 天然のテクネチウムが発見されたのは1952年で、地球ではなく、ある種の恒星でした。赤色巨星と呼ばれる、表面温度が低温(それでも3000℃)で、核融合反応が進んだ古い恒星の表面に、テクネチウムが存在することが観測されました。テクネチウムは存在時間が短い元素なので、観測されたテクネチウムは赤色巨星内部で合成されたことになります。核融合によって合成される元素は鉄までです。鉄以降の元素を合成する過程のひとつとして、恒星内部で、原子の中心部(原子核という)に中性子が打ち込まれる過程(s-プロセスという)が提案されています。テクネチウムの存在はs-プロセスが行われていることの証拠と考えられています。
 地球の物質から、天然のテクネチウムが検出されたのは、1961年でした。ウランが壊れる際に生成する極微量のテクネチウムが、ウラン鉱石から見つかっています。

隣接元素
マンガン
モリブデン テクネチウム ルテニウム
レニウム

  

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